事業概要

に込める思い

たった1台のミシンから

話は今から70年前にさかのぼります。福井県武生市(現越前市)にて、
戦後私の祖父母が生計をたてるためにミシンを1台を買ってきて、
芸妓さんたちのために足袋をつくったのが今日まで続く弊社の原点です。

当時まだ幼子だった私の父を背負いながら、食べていくために一生懸命ミシンを踏んだと、
6年前に亡くなった祖母から創業当時の思い出話を初めて聞いたのは、
私が小学生のときでした。
小学生ながら、昔の人は生活するのに、
一生懸命仕事をしていたんだなあと感じた記憶があります。

足袋づくりから始まった縫製の仕事ですが、その後割烹着なども縫製するようになり、
地元の人々が必要とする生活必需品をせっせとつくっていました。

その後会社は少しずつ成長し、
創業から20年後には今の工場がある場所に大きな工場が建つまでになりました。
何百人という大勢の社員を雇用し、近隣の市町村には子会社や協力工場があり、
ドレスシャツ、ゴルフシャツ、スキーウェア、下着などを大量生産していました。

9歳の男の子の、生きるか死ぬかの選択

私が生まれた1974年前後の日本は、服はつくれば全部売れる、
と言われたぐらい縫製工場にとってはとても良い時代で、
売れる服をつくらないと生き残れない今の時代とはまさに真逆の世の中でした。

時には倒産の危機もあったそうですが、
会社を立派に成長させた創業の祖父は会社を起ち上げてから42年後の1991年、
74歳のときに肺炎で亡くなりました。

祖父は小学3年のときに福井県小浜市の禅寺、発心寺に修行に出されました。
実家がお寺だったわけではありませんが、
小さいころから体が弱かった祖父の心身を鍛えるためでした。

祖父の母は厳しい人で、小浜に旅立つ小学3年の祖父に、
”武生に帰りたくなったら小浜の海に入って死になさい”、
と言って送り出したそうです。大善は非情に似たりです。

とにかく厳しい修行の毎日に、
”お母さーん”と泣いてばかりいたらしく、おねしょにも悩まされたと聞きました。
以来祖父は成人になるまで厳しい修行を通して人格をつくっていきました。
温かさと厳しさを併せ持つ、尊敬のできる祖父でした。

耐えて、耐えて次に繋げる

祖父なきあとは父が社長となり会社を経営していきましたが、
徐々に縫製業を含む日本の繊維産業の構造が大きく変化していく時代を
迎えることになります。

人件費の安い海外にどんどん仕事が流れ、受注減と加工賃の下落という、
その後何十年と渡って続くことになる、
日本の縫製工場にとってはとても厳しい時代の始まりでした。
そのような最中の1999年、会社の舵を取っていた父が病気で突然倒れてしまいます。

2歳下の私の弟はその時すでに会社に入っていましたが、
私は当時25歳で海外に留学中でした。
生前中の父からは、家業を継ぐ必要はなく自分の好きな道を進めと言われてはいたのですが、
会社の危機に際して急遽帰国し、
思い描いていた将来の夢もあったので悩みましたが家業を手伝うことを決めました。

私も弟も20代と若く経験もないため、亡き父のあとは専業主婦だった母が社長となりました。
大変厳しい経営環境下にあり、社員のリストラも断行しなければ生き残れない状態でした。
それでも良いお取引先に恵まれたり、たくさんの人に助けられながら、
残った社員と一丸となって踏ん張り、会社を続けていくことができました。

変化するものが残る

私は今年で入社20年、35歳で母から社長業を引き継ぎ10年が経ちました。
私たちを取り巻くファッション業界の変化はとても早く、
環境に合わせ自ら変わる意志を持たないと生き残っていけません。
次の5年、10年を見据えたとき、
国内で減り続ける縫製業をどういうかたちで次世代に残していけるのか、考え続ける毎日です。

縫製という仕事を通してどのような価値を社会に提供できるのか。
日本の縫製工場として社会に喜んでもらえるサービスとは何か。
そして何よりも、どうしたらもっと縫製という仕事を楽しいものにできるか。

このような自分への問いかけから生まれたのが、自社のワークウェアブランド、SAMUEです。

ブランドネームとして使わせていただいたSAMUE、
すなわち作務衣ですが一説には福井県の山奥にある禅寺、
曹洞宗大本山の永平寺が発祥と言われています。祖父の修行寺も同じ禅寺であり、
毎日の修行では作務衣を着ていたんだと思います。

また祖父母が創業時つくっていた足袋や割烹着も作業着、つまりワークウェアであり、
弊社は新しくSAMUEという事業をスタートしましたが、
実は70年前の創業精神への原点回帰の意味もあるのです。

自分たちを信じて、新たな一歩を踏み出す

さすがに70年前の創業時を知る社員は会社には残っておりませんが、
それでも勤続50年という大ベテランの社員が2人もいて、
半世紀に渡って培った技術力を今も発揮してくれています。

工場には18歳の若手から70歳近くの熟練まで60数名の社員がおります。
お客様に愛される服をつくる、という理念を持ちベクトルを合わせモノづくりに励んでいます。

SAMUEのワークウェアづくりを支えてくれるのはそのような社員たちです。
経験があるからできる丁寧で質の高い縫製と、寸法直しや修理をほどこすアフターケアで
私たちがつくるワークウェアを大事に長く着てもらえることをサポートします。

仕事や創作活動に携わる一人ひとりの時間は人生の中で重要な意味を持ちます。
そのかけがえのない時間を過ごすとき、
私たちがつくるワークウェアがみなさんの大事なパートナーのように
愛着を持ってもらえて、長い時を一緒に刻んでいただける存在になれると嬉しいです。

数少ない日本の縫製工場として、
メイドインフクイでワークウェアという分野に新たな価値を生み出し社会に貢献し、
その結果として社員が縫製という仕事に幸せと誇りを持ち、
楽しんで働ける縫製工場をつくっていきたいと思います。

以上がSAMUEブランド起ち上げの動機であり、
これからも大切にしたいブランドコンセプトです。
2019年6月 株式会社モンスター
代表取締役社長 草桶嘉之
運営会社
MONSTER
会社名 株式会社モンスター
所在地 〒915-0061 福井県越前市堀川町4-36(旧武生市)
創業 1949年(昭和24年) 8月1日
設立 1955年(昭和30年) 8月1日
資本金 6,000万円
業種 レディース・メンズウェア製造
従業員数 50名(日本人のみ)
関連会社 Thai Monster Co., Ltd.(タイランド)
代表者 草桶 嘉之
工場見学
SAMUEを運営する縫製工場を見学してみませんか?
工場は福井県越前市にあり、
JR武生駅から徒歩10分です。
越前市は刃物、和紙などの伝統産業も
盛んなモノづくりの町です。
食べ物では越前おろしそばが美味しくて有名です。